魔法の杖

  私はこの夏、家族を連れて関西方面に旅行をする予定でした。飛行機も超早割りでチケットを購入し、レンタカーもホテルもガッツリ押さえておりました。もちろん全部キャンセルです。


  7月27日に家内が回復期リハビリ病院の見学に行きました。この時になってようやく気付いた事の一つ、「自分は介護される人」であるということ。入院する本人ではなく、サポートをする家族や関係者が、いかに交通のアクセスが良いとか、面会時間と仕事の兼ね合いとか融通がききやすいとか、そういった事を加味して病院を選ぶという。自分のことではあるのですが、自分に主導権が無い。私はこの事が嫌だと言っているのではなく、非常に興味深かったのです。


  次の週の8月3日に転院が決まりました。それまではこの病院でリハビリです。見舞いに来てくれた両親から、何か必要か?と言われTevaのサンダルをお願いしました。このタイプの方が履きやすいだろうと考えたからです。しかし甘かった。麻痺した足でサンダルやスリッパを履くという行為は結構難しいのです。スリッパなんて本当にハードルが高い。


 人間はサンダルとか靴を履くときに、足の指先を曲げ伸ばしし巧みに操って履いているということに気付きます。麻痺した右足はスリッパをどんどん前に蹴ってしまいます。トイレのスリッパは最たるもので、トイレに行きたいタイミングは健常な頃の感覚のままです。左足のスリッパはすっと履けるのですが、右で大苦戦。で、もういいやとなって片方は裸足のまま用を足すという格好の悪い状態。漏らすより良いけど。


 リハビリの時間、人生で初めて「杖」という物を使って歩きました。高校生の頃、体育の授業で捻挫をして暫く松葉杖を使っていたことはありましたが、お年寄りとかが持っているTの字の杖は初めてです。こんな細いもの1本でも随分楽だなぁと思いました。ただ、まだ杖を使ってみるだけの段階で、杖を使ったところでひっくり返りそうになるような状態でした。


 「杖は買った方が良いのでしょうか?」とPTに聞くと、
 「あると便利ですけど、わびすけさんの場合はいらなくなる可能性があります。」
と仰りました。まぁそれもそうだな、杖を欲しがってはいけないな。そんなものに頼る前提でリハビリをしてはいけない。などと小さい決意をしました。


 しかしこの時、その思いと同時に強めの物欲が出現しました。どうせこんな経験をするのだったら、何か面白そうなことをしてやろう。そうだ内田裕也の持ってそうな杖なんか良いんじゃないか。などと。。早速楽天で検索です。ありましたありましたドクロの杖。翌日担当のOTに写真を見せると「何考えてるんですか。」と笑っておられました。私はただ、どこかの大人しそうなご老人が間違って私のドクロの杖を持って行って「お父さん!」とかお嫁さんに叫ばれてドン引きするシチュエーションを見たいと感じていたのです。


 結局私のドクロ杖計画は頓挫したままです。


 なんだかここまで書いておいてなんですが、私は性格的に悲観的になれないのと、過去よりも未来にしか興味がないのです。だから性能の良かった頃の自分は比較対象にならないのです。発症して5%の人が天に召される病気で生き残ったのですから。これは生きなくてはいけないということなのです。生きるのは忙しい。